【吉本多香美】
「ここからはじまる新しい未来」
人は大地と繋がる臍の緒を持っている。この臍の緒 をしっかり、太くして持っていないと、心と体が弱っていくんだ。だって私達は自然の中から生まれてきたから。この臍の緒をしっかり持って、今ここに生きている喜びを味わおうよ。
この星に生まれたのはミラクルでとっても神聖なことだから、自分の命を大切にしよう、慈しもうよ。自然の中で、森の中で自分の 臍の緒 を育てよう。
森に帰ろう。森は気持ちいいよ!楽しいよ!のびのびできるよ、きっと何ががみつかるよ!
今までは自分の事だけで精一杯だったけど、命を継いでいく者として、子供達に美しい地球を残したい。お母さん、生んでくれてありがとう!って思う幸せをたくさんの子供達に感じてもらいたい。その為にも命を育んでくれる森を育てたい。今そんな気持ちでいっぱいです。先ずはこの六ヶ所の森から。この森を訪れる人びとが自由でのびのびと自分らしく、自分が好きになる場所になる事を願って、心をこめて木を植えていきたいです。
子供たちの笑い声が溢れる、そんな森になりますように。
●プロフィール(よしもと たかみ)
女優として、テレビ・映画・舞台などで活躍する一方、動物の生態やロハス、地球、自然と人間が共存する事をテーマにしたドキュメンタリーのリポーターとしても活動の場を広げている。
マウンテンバイク、カヌー、ダイビング、アフリカンダンスなど多彩な趣味をもっている。JAMHA(日本メディカルハーブ協会)認定ハーバルセラピスト。
・2006年よりタンザニア連合共和国の親善大使を勤めている。
・オフィシャルブログ…「吉本多香美のWASAWASA Blog」
女優として、テレビ・映画・舞台などで活躍する一方、動物の生態やロハス、地球、自然と人間が共存する事をテーマにしたドキュメンタリーのリポーターとしても活動の場を広げている。
マウンテンバイク、カヌー、ダイビング、アフリカンダンスなど多彩な趣味をもっている。JAMHA(日本メディカルハーブ協会)認定ハーバルセラピスト。
・2006年よりタンザニア連合共和国の親善大使を勤めている。
・オフィシャルブログ…「吉本多香美のWASAWASA Blog」
【中村隆市】
「木を植えることから始めたい」
木を植えるのは たのしい
ただ木を植えるだけなのに なぜ あんなに楽しいのだろう
荒地がいつか 森にかわる
そんな希望を 植えているのかもしれない
10年後 小さな森が できているだろうか
30年後 森の小川に 魚が泳ぎ 鳥が舞っているだろうか
100年後 200年後 大自然がよみがえって いるだろうか
木を植えると 自分のこころにも 小さな森が育っていく
カサカサに乾いた心にも 潤いが戻ってくる
長い間 私たちは 大事なことを忘れていた
大自然が私たちの親であり 動植物が家族であることを
生態系を汚染したり 破壊することをやめ 木を植えていく
そのことから 自然との 家族との仲直りを 始めていきたい
六ヶ所あしたの森が そのきっかけになったら うれしい
●プロフィール(なかむら りゅういち)
1955年福岡生まれ。(株)ウィンドファーム代表。(有)ゆっくり堂代表。環境=文化NGO「ナマケモノ倶楽部」世話人。 スロービジネススクール校長。
19歳で水俣病と出会い、環境運動に関わりながら山村に移住。 無農薬で米と野菜をつくり、鶏を飼いながら有機農業の普及活動に取り組む。
79年から7年間、生活協同組合にて有機農産物の産直運動を担当するが、86年チェルノブイリ原発事故による放射能汚染食品が途上国にまわされたと知り「途上国の子どもたちが気になり始めた」。それが中南米やアジアの農民とフェアトレード(公正貿易)を始めるキッカケとなる。90年、チェルノブイリ原発事故被害者の医療支援を始める。
98年からコロンビア、日本、ブラジル、エクアドルで開催された国際有機コーヒー会議でフェアトレードについて講演。99年辻信一、アンニャ・ライトと共にナマケモノ倶楽部を設立。「スロー」というコンセプトを軸に学問と運動とビジネスの融合を進めながら環境=文化運動を展開。「スローな暮らしを呼びかける」100万人のキャンドルナイト、「私にできることをする」ハチドリ運動などを生み出す。
2000年ブラジル初のオーガニックカフェを開店。 04年ブラジルのマッシャード市から有機農業とフェアトレードを普及した功績により名誉市民章を受章。同年「いのちを大切にする仕事」を広めるためにスロービジネススクールを設立。
06年から福岡県田川郡に「ゆっくり村」という名のエコヴィレッジをつくり始め、農的な暮らしをベースに「買う 豊かさ」から「つくる豊かさ」への移行を楽しみながら進めている。
07年、地球温暖化と核燃料再処理工場の問題を広く伝えるため、てんつくマンと共に「豪快な号外」3000万部を発行。 著書に『スロービジネス』(ゆっくり堂)。
1955年福岡生まれ。(株)ウィンドファーム代表。(有)ゆっくり堂代表。環境=文化NGO「ナマケモノ倶楽部」世話人。 スロービジネススクール校長。
19歳で水俣病と出会い、環境運動に関わりながら山村に移住。 無農薬で米と野菜をつくり、鶏を飼いながら有機農業の普及活動に取り組む。
79年から7年間、生活協同組合にて有機農産物の産直運動を担当するが、86年チェルノブイリ原発事故による放射能汚染食品が途上国にまわされたと知り「途上国の子どもたちが気になり始めた」。それが中南米やアジアの農民とフェアトレード(公正貿易)を始めるキッカケとなる。90年、チェルノブイリ原発事故被害者の医療支援を始める。
98年からコロンビア、日本、ブラジル、エクアドルで開催された国際有機コーヒー会議でフェアトレードについて講演。99年辻信一、アンニャ・ライトと共にナマケモノ倶楽部を設立。「スロー」というコンセプトを軸に学問と運動とビジネスの融合を進めながら環境=文化運動を展開。「スローな暮らしを呼びかける」100万人のキャンドルナイト、「私にできることをする」ハチドリ運動などを生み出す。
2000年ブラジル初のオーガニックカフェを開店。 04年ブラジルのマッシャード市から有機農業とフェアトレードを普及した功績により名誉市民章を受章。同年「いのちを大切にする仕事」を広めるためにスロービジネススクールを設立。
06年から福岡県田川郡に「ゆっくり村」という名のエコヴィレッジをつくり始め、農的な暮らしをベースに「買う 豊かさ」から「つくる豊かさ」への移行を楽しみながら進めている。
07年、地球温暖化と核燃料再処理工場の問題を広く伝えるため、てんつくマンと共に「豪快な号外」3000万部を発行。 著書に『スロービジネス』(ゆっくり堂)。